株式投資のブログ デイトレ ・ 短期 ・ スイング でマーケットに挑む
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2011年05月11日 (水) | 編集 |
いよいよボランティア活動初日。朝の人数合わせ、マッチングって(GWの人員増で)数時間

かかると思ってたのですが、案外あっさり。我々3人の場合は30秒足らず。すぐに声を掛けて

いただけ、スムーズにチームの一員にさせてもらえました。4月上旬頃はもっと手間取っていた

のかも知れませんが、思いのほかスムーズ。受入中止の報道で想定よりも人数が抑制されたの

かは分かりませんが見る限り混乱の様子もなく。本来9人乗りくらいと思われるハイエース

バンに14人程乗り、後ろの荷物のところに更に2人が乗る。なんか発展途上国の乗り合いみたい。


作業させてもらった地区は旧北上川の河口から約2kmの川沿いの地域で河口から遡った津波が川から

押し寄せて甚大な被害があった地域。

被害2
              (これも暗いですね(^^ゞ)


すぐ近くに海から流されたボートが建物の2階部分に突き刺さってたり、路地は一部液状化で

水浸しで通行不可・・かどうかも分からない。全長20mもの船が道路を塞いでたり・・・

と、ありえない現実。



三種の神器? スコップ、土嚢袋、ネコ車を駆使して民家や側溝のドロ出し作業。

大きいところでは計16人がかりで病院の医療器具の運び出し+ドロ出し、庭の瓦礫拾いなど。

通路や床を全面覆った油を含んだ真っ黒のドロをスコップですっくては土嚢袋につめていく

作業。前の日に歩道に積み上げられてた何かが入った袋の中身はかき集められたドロだった

ことが判明。

ドロ出し


海水やドロを含んだ重労働のタタミ出しはこの地域ではだいたい終わってる

ようで、このドロ出しが今のメイン作業のようで。あっという間にパンツまで汗で

びっしょりになり、持ち慣れないスコップにマメができ、体のあちこちが痛んでも被災者の

あいさつ「ご苦労様~ あいがと~」に不思議と力がみなぎってくる。子供も元気にあいさつ

を投げかけてくれる。作業を終えた家の方の「きれいにしてくれてありがとう」

この笑顔が嬉しい。こんな笑顔をたくさん見たいと思ってくる。「よし、明日も街の笑顔を

増やそう」って。 これまでに感じたことのない充実感。ほんとうに来て良かった! 

仲間2
            (休憩中)

テント村に帰ると、私たちのように来る人もいれば今日で最後の作業を終え帰っていく

人もいる。共に作業した仲間からラーメン誘われ、みんなで夕飯のあと居酒屋に誘われる

とコブシの利いた海の歌が流れ、地元の漁師さんで賑わっている。うちのチームの

ボランティアの1日先輩Bさん(50)が意気投合した地元漁師さんとLOVEマシーンを熱唱。

復興の立役者、被災者(被災地)は元気やなぁ~!こうしてボランティア初日が終わりました。



SさんとBさんがこの日で抜け、翌日は新しいメンバーが抜けた数だけ入る、私たち継続組は

2日目以降も引き続き若きリーダーKちゃんのチームで作業。メンバーが入れ替わってもみんな

思いは同じ「被災地復興のお手伝い」で、打ち解けるのに時間はかからない。



「ここにもドロが流れ込んでるかなぁ~?」こっちの質問に答える流れから被災者の方の

中には作業する私たちに被災時の状況を話してくる人もいる。思わず手を止め聞き入って

しまう。首の下まで水に浸かって命からがら非難した時の話、「いとこも親戚もみんな

流されて葬式、葬式葬式だよ」って、涙ぐむおばちゃんを見て、思わず涙が出ました。

落ち着きを取り戻したおばちゃんに、和ませ役のBちゃんがカッパがやぶれて太ももが

網タイツみたいになってるリーダーを指差して「おばちゃんもあんなの履いてもうひと花

咲かせなよ」って言うと初めて笑顔を見せた。作業を終えて「一緒にがんばろうね、おばちゃん」

って最後に声を掛けるのが精一杯。そんなありふれた言葉にも微笑みで返してくれて、とても

嬉しい気持ちになる。涙は簡単に流れても、笑顔は絞り出すのが精一杯。そんな感じがしました。

元気になってもらいたい・・・でもかける言葉が見つかりません。。。



ガラスや注射針が散乱する危険な病院での作業では、院長さんから探して欲しいと依頼

されていた大切な絵は出てこなかった。代わりにどこの家から流れてきたのか分からない

写真やアルバム、思い出の品々が多数見つかる。ひとつでも持ち主の元に戻って欲しいと

願いこの日もドロと格闘してきました。



今回出会ったボランティア仲間には塗装会社の社長さん、カーナビ作る会社で働く上司と部下、

ドライバーさん、仕事辞めて3週間も留まってる人もいる。様々な人が同じ志を持って集結

している。一番長いHさんに我々3人の頑張りが目についたようで、夜テントに招かれた。

お酒を振舞っていただき、継続的な支援がどれだけ大切かということをしっかり教えていただき

ました。今回ここで感じたことや学んだことを人に伝えて支援の輪を広げて欲しいと。

想いは人に届き、また人を動かす原動力になると。楽しい酒の時間を過ごし、テントへ戻るも

寝付けず・・・寝袋に入ってここで経験していることを知り合いにメールで伝え続け・・・

この辺まではなんとなく記憶にあるのですが・・・相当酔っていたようで(~_~;)いつの間にか

ケータイの電池もなくなり寝てしまってましたが、帰ってきて留守中の皆さんのブログにまで

入っていたようでコンメトを入れてしまっていたようです・・・帰ってきて見たのですが、まったく

覚えがありません・・。大変、失礼致しました  ケータイの電池より以前に私自身がOFFに

なってました・・・・


最後の日も、側溝に溜まった重油をたっぷり含んだ手強いヘドロを土嚢袋に詰め込んで

今回の支援を締めくくりました。今回の活動では言葉にできない素晴らしい体験を

させてもらいました。作業が終わった後、被災者の方が深々と頭を下げてくれるのですが、

リーダーをはじめ、私たちボランティアも被災者の方に負けないほど深く頭を下げ

「ありがとうございました」と。こんな素晴らしい体験、やりがいのあることをさせて

もらって「ありがとう」の「ありがとう」だと思います。届けた善意は充実感となって

自分の元に還ってきてくれました。


帰り道、後髪を引かれる思いで大学から石巻駅へ路線バスに揺られていると、ピースボート

のボランティアの外国の方が同じようにドロ出し作業をしていた。

バスの中にいる私たちに両の手でピースサインを送ってきたのも印象的でした。

短い期間でしたが小さな力を捧げることができましたが、得たものの大きさだけは予想に

反しました。本当に有意義な時間を過ごすことができ、心が洗われました。



大阪に到着した日には被災地で知り合った仲間からメールが届いてました。

「みなさんと同じ時を過ごせて本当に幸せでした、また会いましょう」

「日本人の団結力を肌で感じる事ができたことは一生の宝でした」

「また来月行きます。次回どこかの被災地で再会できることを信じてます!」

「今度は息子連れていきます。今年はすべての有給を被災地に捧げようと思います」


仲間


また継続支援のため被災地に向かう日はそう遠くないかもしれません。

人から人へ支援の輪が広がり、一日も早い復興を、被災地が元気を取り戻す日がくる

ことを心から願います。

今日も長くなってしまいましたが、以上、被災地ボランティア初体験の報告でした。




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